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E-InkとQWERTYキーボード搭載スマートフォン「Minimal Phone」に出資しなかった

『ガンダムSEED FREEDOM』良かったですね。ガンダムSEEDとしては信じられないほど見やすかったわけですが、原作のはっきりしない飲み込みにくさが懐かしくなる瞬間もあったかもしれない。

FREEDOMフリーダァム……はともかく、今回はまだこの世にない電話の話をします。色々な意味で今すべき話ではないんですが……。

三行で結論

  • Minimal Phoneという今日の夕方締め切りのIndiegogoプロジェクトがあり、これに出資しなかった
  • プロトタイプの進捗の割にスケジュールが強気すぎる
  • 他にもうっすら怪しいなと思ったけれど、うまく説明できない。実際はスルっとリリースされるかもしれない

Minimal Phoneとは

tryminimal.com

www.indiegogo.com

ロサンゼルスのMinimal Companyによって日本時間の2024年4月2日夕方くらいまでクラウドファンディング中、今夏8月にリリース予定のAndroidスマートフォンです。

コンセプト

形状としては、いわゆるキャンディバー型のQWERTYキーボード搭載Androidスマートフォンです。画面のグレー感からも分かるように、なんとキーボードだけでなくE-Ink(電子ペーパー)を積んでいるのは最大の特徴といえるでしょう。

ここから導き出されるコンセプトは、名前の通りミニマリズムを訴求しているようで……。

公式サイトに貼られていたイメージムービーは今は非公開になっています。ただ、その横のノートにしても動画にしても、スマートフォンに夢中な現代人に警鐘を鳴らす、デジタルデトックスを強硬に主張したものでした。

ようするに、E-Ink(電子ペーパー)と強力すぎないSoCの組み合わせによって、氾濫する情報との適切な距離感のようなものを提示しているのがうかがえます。

スペック

ひとことで言えば控えめで無理のないスペックです。

  • CPU: MediaTek Helio G88 (MT6769H)
  • RAM: 6GB
  • Storage: 256GB(出資者限定アップグレード
  • OS: Android 14
  • Display: 3.5” E-Ink Touch / 300ppi / 90ms Refresh rate
  • Front Camera: 8MP
  • Rear Camera: 12MP
  • Wi-Fi: Wi-Fi 5 - 802.11 a/b/g/n/ac 2.4/5GHz
  • Bluetooth: 5.0
  • Battery: 4000mAh
  • Features: 3.5mm Headphone Jack, Fingerprint Unlock, GPS, Expandable Storage, Dual SIM

Helio G88は2021年発表の製品で、Cortex-A75の2コア、A55の6コアで合計8コアのSoCです。

元々12nmプロセスのHelio P65(2019年)がほぼ性能据え置きで4回リネームされたもの*1なのでパワーも価格も大したことはありません。そもそもE-Ink端末ですしローコストなデザインは先述のコンセプトにも合致しているように思います。

個人的には「E-Inkとデジタルデトックスは言うほど関係あるか?」「むしろキーボードはSNSやチャットには合っているのでは?」と思ってしまいますが、まあローエンドSoCと電子ペーパーの組み合わせによって、できることを制限できるという理屈はあるでしょう。

総じてスペックそのものについては私にも結構魅力的に見えます。今使っているTitan Slimも似たり寄ったりの性能です。

出資しなかった理由は、別のところにある、ということです。

クラウドファンディング、どこが気になる?

出資を見送った理由は、「私から見て信用がちょっと足りない」です。

クラウドファンディングは購入ではなく出資行為です。事故や天災、開発や生産の頓挫などによって、手元に製品も金も残らない場合があります。ある意味ギャンブルのようなところがあり、そこに乗れなかったと言えます。

それはどういうことか、主なところを一つずつ見ていきましょう。

垣間見える発起人の前歴

あまり日本でこの前歴に言及されているのを見かけないので、先に挙げておきます。

このAndre Youkhna氏の過去の活動については、かなり強い語調の上記Redditなどで幾つか指摘があり、「事業が億ったけど何か質問ある?」という全方位からウソ扱いされた謎のアピールや、「万フォロワーのインスタアカウント売ります!」というスパムめいた書き込みを行っていたこと、また民事訴訟の被告になったログがあったことなどを理由に警戒する向きがあります。他にもWebサイトホスティングサービスやAIを用いたSEO向上サービスなど、特に2020年前後には新規Webサービスを立ち上げてはRedditで宣伝や意見募集を行っていた形跡があり、色々な事業をするのはいいのですがウソやスパムは信用を落としますね。

同じ名前、同じアカウントを使うことで過去の怪しげな活動を包み隠さず、その上でMinimal Phoneのプロモーションもしているという点を、むしろ正直さとしてポジティブに捉えることも出来なくはないです。


また、Indiegogo内のフォーラムでは彼は以下のような質疑応答をしています(IndiegogoはフォーラムのPermalinkが無いのが嫌ですね)。

Will you be posting a video of the functioning prototype before the campaign ends?
(出資期限までに新しいプロトタイプ動画は投稿されますか?)


Hi Noelle, we are currently focused on the final 8 days of this campaign. We are answering questions on a dozen other platforms from thousands of potential customers and running marketing campaigns on multiple platforms.
(こんにちは。我々はこの最後の8日間に注力しています。複数のプラットフォームを使い、たくさんの未来のお客様と質疑を重ねています。)


We assure you that we’ll have amazing updates coming up. The phone will NOT be vaporware if this crosses the finish line. I’ve mentioned this before but I’d like to say it again; I wouldn’t plaster my name and face all over social media if I was here to deceive anyone. I have 3 children who are rooting for me as well and that’s not an example I’m here to set for them.
(すばらしいアップデートをお約束します。ゴールを迎えた時、この製品はきっとVaporwareではなくなります。前にも言ったことを繰り返しましょう、私が人を騙すつもりならば、わざわざソーシャルメディアに顔と名前を晒すことはしません。応援してくれる3人の子供の悪い見本になるつもりはないのです。)


We are not rushing to share progress until it’s something we’re truly proud of, but a lot more is coming soon. Thank you for being patient with us and supporting this movement!
(本当に誇れるものになるまで、急いで進捗を共有することはしません。しかし、いずれ多くのことをお伝えできるでしょう。どうかご辛抱くださいますようお願い致します!)

実際に、「顔や名前を晒して詐欺をする人が居ますか?」みたいなことを言っていますね。

Minimal Phoneプロジェクトを現段階で詐欺やVaporwareと断定はしません。が、しかし、顔や名前を晒すことを以て詐欺や見通しの甘さが無い、と言えるわけでもありません。

実際、そういうのは居たんですよね。特にクラウドファンディングに。

www.youtube.com

eps-r.hatenablog.com

彼はWindows/Androidデュアル駆動を謳うUMPC「Porable Gaming System」で金を集めたNadir Mursalov。プロジェクトがまともに稼働していたかどうかは、怪しげなblogを数ヶ月おきに更新していた以外は謎に包まれており、最大限好意的に見ても「数年に渡るゴタゴタの末にプロジェクトは1台も出荷できず頓挫」という事実が残りました。

www.youtube.com

eps-r.hatenablog.com

次の彼はWindows/Androidデュアル駆動を謳うUMPC(またかよ)「Dragonfly Futurefön」で金を集めたJeffrey Batio。Dragonflyを含む複数の「デュアルスクリーンPC」プロジェクトはまともに稼働していなかったとされており、本当に逮捕・起訴されたのち懲役8年と賠償金500万ドルを言い渡され服役中です。当blogではこういう訳の分からん詐欺とか頓挫とかの話を数年おきに書いています(→特集:Vaporwareの記事一覧)。

設立からきわめて日の浅いメーカー(しかも登記名が異なる)

twitter/Xで「Minimal Companyの登記情報が見当たらない」と疑問を持っていた人に対し、発起人が直接リプライを投げています。

(余談ですが、本件に限らずテックカンパニーや輸入商社等によるクラウドファンディング企画では特に、住所や代表者名、登記情報など信用情報の確認を行い、どこの誰に金を預けるのかを意識したほうがいいと思っています。住所表記や登記があれば詐欺をしない・倒産しないというわけでは、もちろん無いのですが……)

カリフォルニア州の登記情報サイトで見てみると確かにMinimal CompanyでなくMinimal Techという名前で実在はしており、今年設立の新しい企業のようですね。


(おもて)


(うら)

事務所らしき拠点も、あるようではある。

実際のところ、登記どころか住所もなにも確認できないようなクラウドファンディングが成立してしまい本当に金を持ち逃げされる事例というのはindiegogoあたりで複数発生しており、それに比べれば幾分かはマシと言えそうです。

うーん、名前が違ってさえいなければ、もう少しは好意的な言い方もできるかもしれませんが。

強気なロードマップ

製品以外の話はこの辺にして、プロモーションやプロジェクトの内容を検討してみましょう。

今のところ、Indiegogo上のステータスは製品量産化の前です。

The project team has a working demo, not the final product. Their ability to begin production may be affected by product development or financial challenges.

(プロジェクトチームはワーキングデモの段階であり、最終製品はありません。製品を生産できるかどうかは、製品開発と財務上の課題に左右されます)

システムメッセージも上記のようになっており、現在はプロトタイプ開発のフェイズにあります。

When will Minimal be shipped?: We anticipate beginning shipping by August 2024, assuming our crowdfunding campaign meets its goals.

Minimalはいつ発送されますか?:クラウドファンディングがゴールを迎えれば、2024年8月には発送できる見込みです)

しかしFAQや更新前のプロジェクトページによれば8月出荷と明記されており、いや、だったら精密機器としてはそろそろベース設計くらいは終わっていないといけないのでは? と感じています。

やや不明瞭なデモンストレーション

そして3Dプリント品、おそらくワーキングデモを使ったとみられる動画がこちらですが……。

www.youtube.com

16秒目のここがちょっと気になりました。


(メール一覧画面に触れる)


(1フレーム(41.6ms)後にはツルッツルの真っ白になっている)


(プロジェクトページより、予定されている電子ペーパーのスペック。「ファスト・トランジション」に90msかかるはず)

このコマについて、最初は画面をハメ込み合成したのかと思ったのですが、コマ送りしてみると、どうやらここに編集点があり指の位置がわずかに飛んでいるようでした。比較画像や動画を作るのはちょっと(暇がないので)やめときますが。

つまり当該カットにおいては「異常にディスプレイの応答速度が速いか、またはカット編集された形跡がある」という点と、ついでに言えば「ディスプレイが異常なジャギり方をしている」のも気になります。試作特有の「デモ性」で片付けるにはなんだかちょっと微妙なラインに来てはいないでしょうか。


ワーキングデモが今どの程度ワークしているのか、あるいはどの程度ワークしていないのかを考えた時に、

  • ドライバがおかしい? あるいはタッチドライバが無い?
  • Androidを使っていない?
  • 異常に低解像度の電子ペーパーをデモ版に使っている?
  • 何か隠さなければならないものがあった?

という疑いまで持てなくもない(もちろん、たいしたことのない動画制作上の都合によってカット編集を行っただけかもしれませんが)。

私がE-Inkをよく知らないだけでこういう動作も有り得るということであればいいのですが、

www.youtube.com

去年実際に出たHiSense A9 Proでは、E-Inkの特性かAndroidのUIアニメーションの特性か、数フレームのフェードは普通に発生しますし、表示品質自体は300dpiなりのまともさがあります(また、「E-Ink搭載Androidスマートフォン」そのものは普通に作れることが分かる。これはクラウドファンディングにとっては好材料ですね)。


Minimal Phoneに話を戻すと、出資期間の1ヶ月間ではワーキングプロトタイプの新情報は特になかった……というより、実は「資金調達後の4月以降に量産向けプロトタイプを制作する」と言われているので、ますます8月出荷できるスケジュールではないな、と考えています。

製品開発を含むクラウドファンディングはチャレンジですから、資金調達までに最終製品に近いプロトタイプが無いことそのものは問題ではありません。ただ、プロトタイプをこれから完成させて量産試作をする「まもなく出荷」のロードマップに説得力を感じない(というか、ロードマップが無い)ことと、動画の見栄えを実際以上に良くしようとしてはいないかという点は、懸念になり得ます。

微妙にふらついている暫定スペックやプロジェクトページ

Indiegogoのプロジェクトページのアーカイブにはいくつかの示唆があります。

たとえばスペックについては暫定(Preliminary)の名のもとに結構な振れ幅がありました。

項目 公開当初の記載 ページリニューアル後
CPU MTK 6769 MediaTek Helio G88 (MT6769H)
RAM 4GB 6GB
Storage 128GB 256GB(出資者限定アップグレード
OS Andoird 13 Android 14
Display 3.5” E-Ink Touch / 300 PPI / High Refresh Rate 3.5” E-Ink Touch / 300ppi / 90ms Refresh rate
Front Camera 8MP 8MP
Rear Camera 16MP 12MP
Mobile Network AT&T, T-Mobile, Verizon AT&T, T-Mobile, Verizon(記載がFAQに残存)
Wi-Fi 802.11 a / b / g / n 2.4GHz / 5GHz WiFi Direct,WiFi Wi-Fi 5 - 802.11 a/b/g/n/ac 2.4/5GHz
Bluetooth B 4.1 Bluetooth 5.0
Battery 4000mAh 4000mAh
Features QWERTY keyboard, NFC, GPS, A-GPS, Fingerprint (side), Face unlock, G sensor, Compass, Gyroscope, Proximity, Light sensor 3.5mm Headphone Jack, Fingerprint Unlock, GPS, Expandable Storage, Dual SIM

といった具合に調整や誤記の修正が行われています(特にMTK 6769というプロセッサは存在しないことがフォーラムで指摘されていた。MT6769に読み替えたとしても、リビジョン程度の差とはいえ4種類くらいある)。

まあSoCにせよカメラユニットにせよWi-Fiにせよ結局は部材の世代でしかなく、製造開発の委託先から渡される資料が後になって更新されたとも解釈できます。そういったシナリオはまあまあ有力だと思いますが、結局いつ設計完了させるつもりで動いているのかの疑問は残ります。


また、当初のプロジェクトページには暫定スペックの他に、遅延や頓挫に関するリスクが明記されていました。

Risks & Challenges
(リスクとチャレンジ)


Launching Minimal is an ambitious endeavor, and like any significant project, it comes with its set of risks and challenges:
(Minimalのローンチは野心的な試みであり、世間の重要なプロジェクトのように危険と課題を伴います。)


Manufacturing Delays: The global supply chain can be unpredictable. Component shortages or production bottlenecks could delay delivery.
製造の遅れ: グローバルサプライチェーンは予測不能な部材の不足や製造のボトルネックを引き起こし、納品が遅延する可能性があります。)


Software Integration: Ensuring the Android platform works seamlessly with our e-ink display and QWERTY keyboard presents technical challenges.
ソフトウェアの統合: Androidプラットフォームにおいて、QWERTYキーボードとE-Inkディスプレイのシームレスな動作を確保するためには、技術的な課題が伴います。)


Market Reception: Introducing a new concept in technology always carries the risk of how well it will be received by consumers.
マーケットの受容: まったく新しい技術コンセプトが顧客に受け入れられるかどうかのリスクは、常にあります。)


Keyboard Design: Designing a tactile, responsive QWERTY keyboard for a modern smartphone like Minimal involves several intricate challenges:
キーボードデザイン: Minimalのようなモダンなスマートフォンに向けて、触覚的で応答性のあるQWERTYキーボードをデザインするには幾つかの複雑な課題があります。)

  • Ergonomics and User Experience: Creating a keyboard that feels comfortable to type on, fits the phone's minimalist design, and meets users' expectations for speed and accuracy is a complex task. We need to ensure that the keyboard layout, key size, and travel distance are optimized for a wide range of users.
    エルゴノミクスとユーザーインターフェース: この製品のミニマリストデザインに適合し、かつ快適に入力でき、ユーザーの期待する速さと正確性を兼ね備えるキーボードの創造は複雑なタスクです。キーボードのレイアウト、サイズ、指の移動距離を確保し、幅広いユーザーのために最適化する必要があります。)
  • Material and Durability: The keyboard must withstand regular use over the phone's lifespan without degrading in quality or responsiveness. Choosing the right materials and construction methods is crucial.
    素材と耐久性: キーボードは、製品寿命を通じて品質と応答性を落とさずに耐えなければなりません。適切な素材と製造方法を選ぶことが重要です。)

こうした説得力のある文言はなぜか後になって撤去され、集金しやすく見目のよいページになってしまったなー、という感じもあります。特にこれについてはあくまで「感じ」ですし、撤去したということは問題がクリアになったと考える向きもあるかもしれません。

以上です

まとめましょう。本件について私はうまく行かなさそうな雰囲気といいますか、たとえ詐欺ではないにせよVaporwareっぽさを感じ取り、出資せず一般販売を待つことに決めたわけです。

  • 詐欺師か山師っぽい前歴
  • 未完成感の強いプロトタイプに反するように強気なスケジュール
  • 微妙に素人くさいスペック表記を後になって調整

なんというか、どれも一つ一つは一発アウトというほどではないが、総合すると危険な予感がしたと言えばいいでしょうか。


上のほうに書いた通り、クラウドファンディングは購入ではなく出資行為です。信用の置けない人や業者に金は出せない、と私は判断しました。これはあくまで私自身の判断なので、出資した人を揶揄したり責めたりする意図は一切ありません。

製品が完成し出荷されてくれるのならばそれが一番です。何を言っても何をやっても、結局ちゃんと開発が行われてマトモに使えるものが出荷されてしまえば、問題はないのですから。

ですので、この記事が単なる取り越し苦労であることを心から願っています。

*1:P65→G70→G80→G85→G88。2024年には一つ後のG91も発表されている